魅力、みつかれ!みつかれ、魅力!

“仕事や学校に向かう日々”
“自宅でゆっくりと自分の好きなことをする日々”

このような時間を“日常” として捉えているところが僕にはあります。

「日常」から離れる瞬間のスイッチ

リトハピ法被という場ではありますので、法被というものに考えを巡らせてみると、そんな日常から離れた時に着るものが、“法被” という存在だと考えています。

また、広く言えば、その日常から離れた時に着る感覚というものは“法被“という存在に限らず、着物や袴など日本の伝統的な衣類、いわゆる、和服や和装といったもの全般に言えるような気がしています。

結婚式で着物を着る、卒業式で袴を履く、それと同様に、お祭りで法被を着るという行為があって、共通点として感じるのは、日常を超えた非日常の世界での出来事、まさに“特別な日”の瞬間であるように感じています。

そこに流れる「時間の積み重ね」

非日常の中にいることや特別な日であること、そこには、どこを切り取ってみたとしても、“時間の積み重ね” が存在しているように感じています。先に挙げた例でいうと、

結婚式では、新郎新婦の準備もさることながら、関わってきた人と過ごしてきた日々という膨大な時間の積み重ねがあります。

卒業式では勉学に励んだ時間、友達と過ごした時間、1人で研鑽や経験に費やした時間などあげればキリがないほどの大小様々な時間の積み重ねが存在しています。

そして、“祭” という部分にフォーカスをしてみると、その時間の長さは桁違いに長くなってくるものもあります。「この祭りは毎年この時期に・・・」とか、「数百年の伝統が・・・」など個人の想いを超えて、社会や地域としての想いが込められるほどの時間が存在しているなと感じています。

もっと細かい部分を見ていくと、そこに関わる人の数も計りしれなくて、上げ出したらキリがなく、そこに関わった人々が込めた想いにまで想像を向けてみると、もうそれは手に負えなくなってしまい、もう“宇宙”だなと感じています笑)

「見える」魅力と、「感じられる」魅力

法被という、言ってみればただの衣類の一つではあって、それを着るという行為で完結していてもいいものではあります。しかし、その“着る”という行為に至るまでの時間に想像を向けた途端、そこには決して少なくない人の存在があって、場所の存在があって、想いが存在していることに気づかされます。

色とりどりで、大きさも、形も様々な法被というものの“見える”部分だけを見る。それだけでもとても魅力的なものです。しかし、法被というものの見えていない部分、想像や思考を巡らせることで“感じられる”部分を捉えることができれば、そこにはきっと、さらに奥深い魅力を垣間みることができるのはないかと僕は考えます。

とはいえ、本音は「楽しんだもん勝ち」!?

はたまた、そんなことに想いを巡らせていかなくても「お祭り楽しんでいこー!」という気軽な感じでいきたいなと思うところもあるのも本音です笑)だって、考えるの大変やし、もっとお祭りの楽しい部分もちゃんと感じたいし、屋台の焼きそばとか美味しいし・・・とかも感じておる次第であります笑)

さて、法被というものについて改めて考えを巡らせてみると、思いもよらずこんなところまでたどりついたのかと、この文章を書いてみて驚いております。
そんなこんなで、取り止めもないことを綴っていく日々になるのかと想いながら、とりあえず、最初の記事が書き切れてよかったーーーーー!って感じです!

ありがとうございました!!!!

リトハピ法被 法被通販専門店
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